2020 ハルウララ『MATHA FARM(マーサファーム)』で元気です

2020 ハルウララ『MATHA FARM(マーサファーム)』で元気です

通算成績は、113戦0勝。これでもかというほど負け続けたが、不思議なことに、負ければ負けるほど人気が上がった。

ハルウララのことである。

1998年から2004年まで地方の高知競馬で奮闘していた。その彼女が今、千葉県の御宿にいるという。そう消息を聞くと、無性に会いに行きたくなった。

JR外房線・御宿駅からタクシーで10分ほど。馬の訓練や保養などを目的とする小さな牧場『MATHA FARM(マーサファーム)』に、ハルウララは繋養されていた。

>>MATHA FARM(マーサファーム)

今年、24歳。人間で言えば、70代のおばあちゃんに相当するらしいが、ハルウララはいたって元気だった。現役時代、400kgにも満たなかった馬体重は500kgくらいまで増え、高齢となった最近でも、病気ひとつすることがないという。

同ファームの宮原優子さんによれば、ハルウララがここに来たのは2012年12月のこと。すでに丸8年になる。

【平成の記憶、負け続けた名馬「ハルウララ」は今】

ハルウララを巡っては、当時から所有権の問題などで、あれこれトラブルが起きていて、一部では「生死不明」とまで言われていたが、紆余曲折を経て、最終的にはこの牧場に落ちつくことになった。

しかし、この牧場に来てしばらくすると、当時のオーナーから預託料が払われなくなってしまう。またしても、ハルウララはトラブルに巻き込まれることになるが、宮原さんらが中心となって、やがてハルウララを支援する『春うららの会』が設立された。

現在は、同会が数十人の会員から会費を集め、それによって、ハルウララの余生を送る費用が賄われている。

思い返せば、ハルウララの存在が知れ渡ったのは2003年頃のこと。

馬券が売れず、存続が危ぶまれた高知競馬が考え出した窮余の一策が”負け続ける馬”ハルウララを売り出すことであった。

この作戦は見事に当たり、この年の暮れに100連敗を記録するや、ますますハルウララの人気は上がった。

ハルウララは当時、年間20レース以上走っていた。その出走手当てが預託料とほぼ同額だったことから、負けても、負けても競走馬であり続けられたのである。

「競走馬としての素質がないことは乗ってみればわかります。走る馬は体幹がしっかりしていて無駄なブレがないんですが、この馬は結構ブレます。ギクシャクギクシャクという感じで、サスペンションが壊れた車みたいで、スピードが乗ってくると(騎乗している)こっちが怖くなります。

ただその一方で、負けん気はあるし、なにより丈夫。長く現役で走り続けられたのは、その丈夫さのおかげでしょう」

そう語るのは、宮原さん。

ハルウララは、この牧場ではウララの「ウ」を取って「ウーちゃん」と呼ばれている。のんびりした感じのネーミングだが、ハルウララ自身にはあまりのんびりしたようなところはない。

もともとハルウララという名前自体、性格的にきつくて、なかなか人間の言うことを聞かないため、少しでも穏やかな気性になるように、とつけられたものだという。

その性格的なきつさは相変わらずで、第一に臆病、そのくせわがまま。気にくわないことがあると、テコでも動かないそうだ。そういう時には、ニックネームの「ウーちゃん」が「ウっさん!」になる。人間なら、ひと筋縄ではいかない”頑固ばあさん”といったところか。

この性格も、ハルウララが連敗街道を突っ走ったひとつの原因と言われるが、それ以上に厄介なのは、集中力が続かず、飽きっぽいこと。

自分がするべき運動があるとすると、一応、それをやらなければいけないというのは理解しているし、最初の内は素直にやる。でも、20分もすると、飽きてきて、自分で勝手に「今日はここまで」という感じになってさっさとやめてしまう。

実はハルウララには、113敗の中で2着が5回あって、そのうちタイム差なしというのが1回だけある。宮原さんは、その敗因について「きっと、最後に(レースに)飽きちゃったんですよ。ゴールは目の前なのに『もういいや。今日はここまで』という感じで」と言って、笑った。

ハルウララが人気者になった2000年代初頭は、世の中ではリストラの嵐があちらこちらで吹きまくっていった。そこで、負けても、負けてもリストラされないハルウララの馬券は「リストラ封じ」だとして、もてはやされた。

同様に、「当たらない」からと、交通安全のお守りにもされた。

コロナ禍の今、もしハルウララの馬券があれば、新型コロナウイルスに”当たらない”からと、妖怪「アマビエ」と同じくらいには人気になったかもしれない。

競馬関係者の多くが、なぜあの馬があれほどの人気者になったのかと、いまだに首を捻る。まさしく”不思議の馬”ハルウララ。

走っても、走っても勝てなかった。ただ、勝てなくても、また、次もその次も一生懸命走った。そこに、あの猛烈なリストラの時代、少なからぬ共感を覚えた人たちがいたのではないか。

勝たなくていい、元気でさえいれば――。

彼らは、ハルウララに言うとも、また自らに言うともなく、そんなエールを送っていたような気がする。

宮原さんによれば、いまだにハルウララには熱心なファンからの贈り物が届くという。先日は「ハルウララに食べてほしい」と言って、60kgものニンジンが牧場に届けられたそうだ。

「もう少し、おしとやかに過ごしてほしい。そうすれば、もっと長生きできる」と宮原さん。おそらく、ここがハルウララの終の棲家になるのだろう。

「無勝」の馬でも”無敗”の存在に劣らぬ、幸福な余生があると思った。

参照先URL:「無敗」が脚光を浴びた2020年。「無勝」のハルウララに会いたくなった

名無しさん
武豊も騎乗して話題になったなぁ
113戦走れる身体の強さが凄い事
勝ち負けは大事だけど負けても競走馬
長く走れたという名馬ですよ。長生きして欲しい
辛くない担々麺
1つも勝つことができなかった馬なんて普通は引退後即処分されてしまうのだろうが、なぜか負ければ負けるほど注目されて天寿を全うできそうなハルウララは実はいちばんの勝ち組。
名無しさん
100連敗を記録しても人気者として出走し応援され、競馬人気に一役買った。馬券を買って負けても交通安全のお守りに勝っても貴重な記念馬券になるということで購入した方もいます。こういう競馬の楽しみもあるのもいいと思います。
引退後はどうなったか気にしていたが今でも元気で病気ひとつすることがないとは良かったです。
オリンピックの、”参加することに意義がある”…「勝つことではなく、参加することに意義があるとは、至言である。人生において重要なことは、成功することではなく、努力することである。根本的なことは、征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある。」を連想します。
名無しさん
園田競馬場で馬券が発売された日に、職場(大阪市内)から夜勤明けで単勝馬券(100円)を買いに行く同僚にみんなが馬券購入を頼んでいた事を思いたしました。私の机の引き出しの中にも、ハルウララの名前の入ってる単勝馬券一枚あります。懐かしく思い出しました。
名無しさん
他にもっと負け続けた馬はいたけど、ここまで人気が出たのは名前と時代の流れに上手く乗ったからか
廃止寸前だった高知競馬はハルウララブームで首の皮一枚つながり、存続の為に色々チャレンジした結果ナイター競馬とネット馬券が当たって今日まで存続している
ある意味、最強の馬を育てるよりも難しい世間を巻き込んだ一大ブームを作り1つの地方競馬を救った凄い馬だった
バキッと1.5
酷かったなぁあのオーナーは
元々競馬ライターだったと思うけど、まさかまだ業界にいないだろうね?
名無しさん
安●某がトラブルの原因だったやつだよね?
名無しさん
高知競馬が存続されている要因の一つ
何十連敗という馬
今でも……
名無しさん
元気そうでよかった。長生きして下さい。
princess-aurora
そもそも
中央と地方競馬を
比較する事自体が
無意味だと私は思っています。
名無しさん
いい馬ですよ。ただちょっと遅いだけ。
武豊。
名無しさん
お母さんとしても見たかったなぁ
名無しさん
ハルウララが幸せな余生を送っているようで本当に良かった。
しかし安西美穂子という屑馬主(馬主というのも烏滸がましい利権目当てのハイエナ)の事を絶対に忘れてはいけない。
doradora
懐かしい~!!
交通安全の御守り、持ってたような…
コロナの御守りも欲しかった!
勝てなかったけど、競走馬として大事なのは、丈夫なこと。
無事是名馬。
まだまだ元気で長生きして欲しい…
名無しさん
(恐らく名義貸しの状態だった)前馬主から(脅迫して?)無償譲受したハルウララを散々金儲けに利用した挙げ句、最後は預託料も払わずにポイしたエッセイストの女の人がおったなあ
最近一切名前聞かんけど
名無しさん
ネットで馬券が買えるようになるのがもう少し早ければ、存続できていた地方競馬ももっとあったかもなぁ
名無しさん
いかんせん馬主が最悪だったよな
名無しさん
高知競馬を救った救世主。
いつまでも元気で!
名無しさん
ハルウララ元気で良かった。なんだか競馬ファンからすると強い馬は勿論凄いんだけどみんなそれぞれ好きな馬がいて負けても応援し続ける楽しみがあったり。やっぱり馬たちには勇気をもらえる。ハルウララ会いに行きたいな。
大逃げ!カツラギエース
少なくとも、無事是名馬という言葉が、この馬には当てはまる。