JRA・武豊騎手、人生初の泥酔をした。知られざる“天才ジョッキー”の素顔

JRA・武豊騎手、人生初の泥酔をした。知られざる“天才ジョッキー”の素顔

武豊が“泥酔”した夜

スタートから快調な逃げを披露したサイレンススズカが後続との差を広げにかかる。そのシーンを映した瞬間、場内はどよめいた。「1000m通過57秒ぐらいのペースです」――実況アナがこう叫んだ次の瞬間、場内が再びどよめいた。

数秒後、4コーナーに差し掛かったサイレンススズカの走りが急に止まった。「故障発生!」というアナウンスとともに、サイレンススズカはコースから離れていった。

この時、鞍上の武豊はどんな感情を抱いていただろう。インタビューでは常に笑顔の天才だが、何度か落胆の表情を見せたことがある。

メジロマックイーンでの降着、ディープインパクトでの凱旋門賞敗戦。いずれも「今は何を話していいかわからない」と青ざめた表情だったが、サイレンススズカが骨折、予後不良となった夜は「泣きながら酒を飲み、人生初の泥酔をした」と語っている。

「骨折をして転倒をしなかったのは、僕を守ってくれたからかもしれない」とつぶやいた。

サイレンススズカの行く気に任せた「武豊の手綱さばき」

とにかく型破りの逃げ馬だった。

新馬戦で2着を7馬身ぶっちぎると、2戦目の弥生賞ではゲートイン直後にゲートをくぐって外枠発走。おまけに出遅れて8着敗退。

続く平場戦で2勝目を挙げるとプリンシパルSで後の菊花賞馬マチカネフクキタルにクビ差の勝利。武豊が騎乗していた弥生賞勝ち馬のランニングゲイルをも退けた。

ダービーでは逃げたサニーブライアンの3番手からレースを進め9着敗退。鞍上の上村洋行に控えるよう指示を出した橋田満調教師は「指示が完全に裏目に出た。良さを出せずに終わってしまった」と後に語っている。

秋初戦の神戸新聞杯では鞍上の上村が直線で勝ちを確信、油断してマチカネフクキタルに差されてしまった。

レース後、「内にもたれたのは僕の責任」と責任を取る形で上村が降板、河内洋の手綱で挑戦した天皇賞(秋)は6着と善戦。

続くマイルCSでは調教過程でストレスが溜まり15着。3歳最終戦の香港国際Cで武豊に代わった。

「この馬は抑えない方がいい」と判断、馬の行く気に任せた武豊の手綱さばきでバレンタインSを圧勝すると、中山記念・小倉大賞典・金鯱賞と重賞を3連勝。特に金鯱賞は2着馬に大差の圧勝劇。

武豊がエアグルーヴ騎乗で南井克巳に乗り替わった宝塚記念では、南井の「ため逃げ」で二の脚を使い、初のGⅠ制覇を遂げた。

4歳秋初戦の毎日王冠では59キロを背負いながらエルコンドルパサーとグラスワンダーを退け、本来ならGⅠ戦線をひた走るはずだった。「普通に走れば勝つ」と誰もが感じた秋の天皇賞で、武豊は冒頭の泥酔を味わうこととなった。

愛馬の死に涙を流す天才騎手。そのエピソードにシンパシーを覚えた。

関係者が知る武豊「あのまんまの、さわやかな男だ」

美浦の取材が多かった筆者は、武豊を取材したことは一度もない。ただ、競馬界の顔でもある武豊の評判を悪く語る関係者にも会ったことがない。

「あのまんまの、さわやかな男だ」と語った某関係者は「約束のインタビュー時間に調教が重なり、ポツリと一人で待っていたときのこと。

ある厩務員に『武豊の取材? こんな時間に来るわけないじゃん』と言われ、ダメ元で待っていたら、15分ぐらいして小走りにやってきて『お待たせしてすいませんでした』と謝られてね。ジーンとした」とエピソードを話してくれたことがある。

こう言っては何だが、競馬村の人と話をすると、感覚が世間とズレている感じを受けることがしばしばある。

競馬村以外の人と接点をもたないため自然とそうなるのだろうが、自分が存在する社会以外と接点をもち、異なる感覚に数多く触れることで、バランス感覚は培われる。「競馬界の顔」である武豊がまさにそうだ。

レアすぎる“馬券にチャレンジする武豊”

グリーンチャンネル「競馬場の達人」で9年前、「特別バージョン」として園田競馬場を訪れた武豊が馬券にチャレンジする姿を目にした。

入場門をくぐる際に「え、競馬場ってこうやって入るんだ、初めて知った」と少年のような声で語る。

競馬場内の酒場でつまみのタコ天を「パドックから場内に入るときに、いい匂いが漂ってくるんです」と語りつつ、口に運んで「美味しい!」と喜ぶ。

場内の個室で馬券を買う前に「競輪や競艇が好きで専用のバッグを持ってきます。札束をパンパンにして帰ります。実は競馬の買い方、あまり知らないんです」と一般ファンのような冗談を飛ばす。

スタートレースで3連単1着固定の馬が出遅れると「あ、出遅れた!」とファンのようなつぶやき。個室内の古い写真を見て「このころのオリビエ(ペリエ)は毛がまだある」とつぶやく。

続くレースで出遅れた軸馬に乗っていた戸崎圭太を「出遅れた…勝った! 買ってる買ってる!」と大喜び。3連単万馬券を3千円的中させると「よかったわ、ゴールデンジョッキーに選ばれなくて。こっちのほうが楽しい」とお茶目な面を見せ、「戸崎ありがとー! 今度おごるわ」とリップサービス。

同番組史上、最高におもしろい“神回”だった。

「競馬を多くのファンに知ってほしい」という強い思い

長くなったが、武豊とは「競馬を多くのファンに知ってほしい」を誰よりも感じている騎手だ。だからこそ、様々なメディアに積極的に協力するのだろう。

現役引退まであとどれぐらいかわからぬが、できることなら彼にサイレンススズカのようなお手馬が現れ、「もっとも勝ちたいレース」凱旋門賞を制して欲しいものである。

参照先URL:武豊、サイレンススズカの死に「泣きながら酒を飲み、人生初の泥酔をした」 知られざる“天才騎手”の素顔とは?

名無しさん
昔は何でも武豊だったのが嫌いだったけど、今の武豊は応援している。
今も昔も一貫して競馬を大事にしてる方。決して驕らず、決して腐らない人間性は素晴らしいと思う。
勝ちまくっている時の武豊より、今の武豊の方が好きですね。もう少しレジェンドを応援していたい。
イピトンベ
今でもスズカが最強だと信じてる。ディープ、オルフェ、アーモンド、ルドルフ、シンザン…でもスズカなんだよなぁ。私の最強馬は
名無しさん
競馬場の達人も、とんねるず、杉本清さんとの、みなさんのおかげでした内での馬券対決も素のユタカさんが見れて楽しかった。
サイレンススズカの秋天はよく転倒しなかったし、他馬とも絡まず凄いとも感じたレース。
出来れば朝日杯で勝った後凱旋門に行ってほしい。
まぐろ
ずっと皆の心の中に生きる馬ですね、自分の父の時代から、私も私の娘もサイレンススズカの事知っています。悲しい出来事でしたが、語り継がれて生きていく名馬でいて欲しいです。
名無しさん
最近は大きいところで目立たないけど、「この人で負けたら仕方ない」と思える数少ない騎手。怪我しないように1日でも長い現役生活を。
名無しさん
全盛期の武豊はまあどこからでも飛んできて馬券に絡んできた。いまはさすがにそうはいかないけど幾度の大ケガを乗り越えて乗ってる姿を見ると尊敬の念にたえない。
名無しさん
テンポイント以来の衝撃だったな…テンポイントの時は使った馬主に憤ったけどスズカの時は豊くんに憎しみがいって暫く武馬券を買わなかったわ。それで大穴の恩恵も受けたけどねww
今は同世代として豊くんに頑張って欲しいと応援してるけどね
名無しさん
そういえば福永祐一騎手は、沈黙の日曜日の夜に
“泥酔している豊さんを初めて見た。”
と言っていたな。
名無しさん
サイレンススズカこの馬名を聞くとあの桁違いのラップで走っていた姿が今でも脳裏に焼きついている、もうあんな馬には二度とめぐり会えないと思う
名無しさん
一方某騎手は「笑いが止まらないって感じですね」とコメントしていた
「数少ないオフサイドトラップファンの皆さん、応援ありがとうございました」
名無しさん
あの夜に泥酔されたってのは有名なエピソードですね。
その後も不慮の事故は有りますけど、一件でも減って欲しいです。
匿名希望
おいおい、武豊本人に一度も取材してないのに
ようこんな記事が書けるねん…ナンバーらしくないわ
あとな、その競馬の達人で一番おもろい所はな
ペリエでも戸崎でも無く
「岩田に(園田)競馬教えたろか」やで
書き手はもう少し競馬勉強してくれな
名無しさん
昔も今も競馬界の顔はやっぱり武豊騎手。
日本ダービーはもちろんのこと、ケンタッキーダービーや欧州のビッグレース、特に凱旋門賞を日本調教馬で制覇して欲しい。日本人初はやっぱり武豊じゃないと!
名無しさん
学生時代バイト代全額をマックの春天三連覇の単勝にぶっ込んでからの豊アンチだけどここ最近はずっと大好き
ススズについてもいつまで経っても特別な想いを持ってくれてるからそれも好感が持てる
いつだったかバラエティー番組で「神様への願い事、もし1頭だけまた騎乗できるとしたらどの馬?」と聞かれてて
頼む!ススズと言ってくれ!と思って聞いていたら
「スキーパラダイスですね笑」と答えててズッコケた思い出・・・
素晴らしい奥さんを持ちながらタレントと手繋ぎのおイタも
多目的とかとは全く違って豊らしくて
全てが魅力的な人なんだと思うわ
名無しさん
昔は武豊が乗るだけで人気してたから、
外すのに勇気がいったし、また武豊かよ、みたいなこともあった。
今はその偉大さがよくわかるし、
人気に関係なく馬の実力をしっかり出してきたとわかるようになった。
それがオッズにも表れてるしね。
素直に応援したい。
ホセ・イマサキ
副業で京都でバー経営してる。
その仲間の店が武がよく行くお店。
店主が言ってたよ「酒に飲まれた豊みたのはサイレンススズカが死んだあとが最初で最後」って。
名無しさん
岩田は馬を道具としか思ってないからこういう風にはならないだろう
名無しさん
武豊が閉塞的な厩の世界を変えたと思う。
とてもスマートで紳士的で常識的。
昔、タクシーに乗った時、ドライバーさんが、何人も騎手を乗せてるけど、武豊は凄く良い人だと言っていたのを思い出します。
馬優先主義だった岡部幸雄を尊敬していた武豊。
武豊を尊敬する若いジョッキーが武豊の志を継いでくれると良いなぁ。
名無しさん
サイレンススズカは今でも一番好きな競走馬です。
名無しさん
ホントは武豊という騎手を演じているんだけどね。分かる人には分かる、分からない人には永久に分からない。ある意味、可哀想な方。富も名誉も全て手にする引き換えに武豊という騎手を演じなければならない。国家事業だから仕方ない。
担々麺
GⅡの毎日王冠なのに13万人を競馬場に足を運ばさせる魅了する馬
サイレンススズカvsエルコンドルパサーvsグラスワンダー
その時代に1頭でもいればすごい馬達が同じ時代、同じレースでぶつかる
もうこんなレースは2度と無いかもな
私もそんな魅了された一人だが、今だにサイレンススズカの幻影から抜け出せていない
この馬を超える魅了させる馬が現れる事を信じたい
名無しさん
やはり『競馬界の顔』としての武豊騎手の存在は大きいですね・・・それだけに『競馬界の顔としての武豊の後継者』が居ないことが将来的に心配になってくる気もします。何せ武豊騎手と他の騎手の世間一般への知名度は、比喩ではなく100倍違うと思われ・・・。
・競馬を見ない人でも、武豊騎手だけは知っている。
(武豊を知らない人を探す方が難しいレベル)
・競馬を見ない人だと、騎手の名前は武豊しか知らないという人が圧倒的に多い。
名無しさん
ルメール騎手や川田騎手が取り上げられることがおい昨今
しかし平成の世の中で 競馬を単なる博打からエンターテーメントに押し上げたのは 武豊さんだと思っています 常に新しいことに挑戦し勝つことにこだわり続け 競馬を世間に認知させた 武豊さんがいなければ オリビエペリエもルメールも日本には目を向けなかったと思います ただ今の騎手の中に武さんを手本にし続く騎手がいないのがさみしい
名無しさん
アンチ武豊の人達って単に馬券が外れたから嫌いってだけでしょ?それ以外で嫌う理由が見当たらない程の人だと思うけどなぁ。
サイレンススズカの秋天は、当時中2の子供ながら号泣した。あんなに秋天以降のローテーションに夢を見れた馬はいないかも。
ディープとかオルフェ好きな人には申し訳ないけどね。
名無しさん
サイレンススズカの走りを一言で言うと【逃げて差す】!!
毎日王冠のレースは正にそれでした。
名無しさん
サイレンススズカから競馬に興味を持った自分としては、あの事故は未だに忘れられないし、しばらくは武騎手のことも見たくないくらいだった
武騎手が途方もなく哀しみ、苦しんだことを分かりつつも、それでも騎手を責めたい気持ちはしばらくあった
それだけショッキングな出来事だったし、本当に素晴らしい馬だった
一時期そんな考えを持った自分が言えた義理ではないですが、まだまだ老け込むことなく勝ち鞍重ねてください
名無しさん
デビューしてから暫くは結構ファンから野次られてたな。いつしか豊買っときゃいいんだよの声に変わったけど。野次られてたのはきっと彼から苦労とか努力の匂いがしなかったからかな。とにかく競馬が好きなんだよね。なんか大谷に重なるな。
はい?
秋の天皇賞
ケヤキのあたりで
スズカは足を止めた。
あの日は忘れない。
今でも目に浮かぶ。
名無しさん
逃げ馬で1番人気は、秋天2000mで勝つたことない。このデータ今も生きているんでしょうか?ワクワクしてみたサイレンススズカの秋天、結果は残酷で、以降馬券買ってません。SSのおかげで血統も欧米に追いついたと感じた、熱い頃のこと思い出しました。
GelNERV
彼が18歳でデビューした年から馬券ファン。
スーパークリークで菊花賞G1初制覇したときはこの馬で勝てるのかと唸った。
その年の暮れ有馬記念でオグリキャップに敗れるも2年後その彼に乗ってあんな超劇的な復活劇を演出するとは思はなかった。
あれから33年彼はいまだにトップ騎手として頑張っている。
人生は短いようで永い。
名無しさん
私はどちらかと豊を上手いと思ったことのないアンチ側だか、人間的には好き。やはりコメントとか秀逸だし、スター性あるわな。
名無しさん
サイレンススズカが予後不良になった天皇賞。
府中の現場で見ていたけど、本当に悲劇だったです。
今でも4コーナーで競走中止するシーンとその時の観客から悲鳴のような叫び声は鮮明に覚えています。
種牡馬になってたらディープインパクトを凌駕する可能性を秘めていたと勝手に思っています。
あ、この記事の主役は武豊騎手でした。
でもサイレンススズカのことを深く思い出しました。いい記事ですね。
名無しさん
大ヒット中のウマ娘も、彼が協力してるお陰で、「武豊と細江さんが協力してるんなら、まあ、悪いもんでもないのかも」って思ってアニメみてみた人も結構いるだろうし(私がそれ。一期の放送時はそういう人がたくさんいた)、そういうちょっと敬遠され勝ちな分野にも先入観なく対応できる柔軟さはホント素晴らしい。
名無しさん
あの時、スズカは‥
武豊が落馬しないように、必死に歩いて守ったんだよね〜
サイレンススズカ‥
誰も超えられい存在。
名無しさん
この馬が種牡馬になっていたら
どんな子を輩出していたのだろうか…。
ディープ産駒を考えたら、どうしても思ってしまう。
名無しさん
「サイレンス死んじゃったなあ」とニコニコしながら言った知り合いと絶交したのを思い出す。
テディ
私の競馬ライフはサイレンススズカよりも後なので……当然ながら生では知りませんでした。
後に競馬に出会い、様々な過去レースをこれでもかと見てきた中で、98年宝塚記念のサイレンススズカと97年ダービーのサニーブライアンはダントツです。
もし無事に98年の秋天を走り抜けていたら……オフサイドトラップの柴田善臣もなかったしと……IFが沢山あったのかなぁ。
悲劇ばかり言われていますが、一時期の競馬界を彩った後にも先にもこれからも現われない最高のサラブレッドが……
サイレンススズカです!
名無しさん
サイレンススズカが走った天皇賞・秋。
僕はまだ高校生だったので、馬券を買える歳ではなかった。
けど、何故か、その週末の日曜日に「サイレンススズカ」なる馬が天皇賞を走る、しかも凄い逃げを仕掛ける馬だというのを知っていた。
そして、その日曜日の15時から関西テレビの競馬番組をワクワクしながら見ていた。
後は正しく記事書かれているシーンのとおり。
まともに競馬を見たのはそのレースが初めてでしたし、その初めてがあの結末。
今でもその時の映像は鮮明に記憶している。
注目していた馬があのような結末になったのは非常にショックでした。
それから大人になって、少しばかりは競馬に興味を持ち、ネットでサイレンススズカの過去のレースを見たりして、好きな馬の一頭となりました。
今でも時々、このように語り継がれるというのはみんなから愛された馬だったんだなとしみじみ思います。
長々と拙いコメント、失礼しました。
名無しさん
>「骨折をして転倒をしなかったのは、僕を守ってくれたからかもしれない」
泣ける。
今聞いても泣ける。
大逃げの唯一無二の伝説の名馬だった。
名無しさん
昔から武豊騎手のファンでは
なかったですがある日を境に
一部有力馬主から騎乗依頼されなくなり
成績もどん底の時も前向きな言葉で
前を見てダービーのキズナの勝利
武豊騎手をいつからか
必死で応援するように
変わっていました
今はG1はもちろん日々の平場の1勝でも
大変こちらも嬉しくなります
残された騎手人生の
時間は少ないですが
名馬と出会い
残された凱旋門賞制覇を夢見て
応援していきます!
名無しさん
奥様は佐野量子だもんなぁ。
名無しさん
武豊はインタビューの最後に
「応援よろしくお願いします」
とは決して言わず
「応援してください」
と毎度言っている。
この辺に彼の美学を感じます。
名無しさん
金鯱賞の大差勝ちはビックリした。宝塚は武が先約があり南井が乗ることになったけど、サイレンススズカは普通の逃げ馬ではないから、初めて乗った南井はこのスピードだと最後バテると思ったのか抑えて逃げて、結果際どい勝ちだった。これを見た時に武じゃないとサイレンススズカの能力や良さは引き出せないんだなって思った。一番人気は勝てないと言われていた天皇賞(秋)だが、さすがにそのジンクスはサイレンススズカで終止符を打つと自分は思っていたし、他の競馬ファンも思っていたと思う。だけどまさかあのような形でこのジンクスが継続するとは思わなかった。
名無しさん
当時、自分はテレビの前で固まった。
サイレンススズカ=サイレントハンターの馬券(厚め)を持って。
まさかのオフサイドトラップ。
未だに焼きついてるわ。
名無しさん
きっぷの良い逃げっぷりで走ったサイレンススズカ。
きっぷとは漢字では『気風』と表するが、まさにそんな走りっぷりの馬だった。
『秋天』4角の悲劇は未だに忘れられない。
名無しさん
サイレンススズカには、同世代で皐月ダービー2冠馬のサニーブライアンと、天皇賞秋あたりでスピード対決してほしかった
ホントはどっちが世代最強か、決着が見たかった
名無しさん
サイレンススズカは本当に大好きだったから、あれから武が嫌いになっていたのかも
しれませんでした
あの故障さえなければと何度も。。
この記事読んで、また応援しようと思いました
彼の心がわかってよかった
本当に素晴らしい馬でした
凱旋門でも勝てたと確信してます
名無しさん
競馬場の達人で”神回”だったというのは、戸崎の勝利に加え、何と言っても、向正面で決まり切ったマクリの騎乗する園田出身の岩田へ、「アイツ園田知っとるのかなぁ? 今度乗り方教えたらなアカン」なんてコメントを残したのもありますよ
求められる以上の撮れ高を残す、とんねるずや関西芸人と親しいからこそ、天才にしかできない!
名無しさん
このレース映像見返してもらえればわかるけど
サイレンススズカが異変を起こしてすぐ武豊は他の馬の邪魔にならないように、かつサイレンススズカを気遣いながらコースの外に避難した。
あのとっさの判断力は素晴らしい。あのままインコースにいたら大事故につながっていた。
名無しさん
あの頃の武豊は憎らしいぐらい凄かった。武豊が乗る馬は全部勝つ気がした。騎乗は人気馬が多いから自然とオッズに旨味がなくなることから、武豊騎乗馬はあまり好きではなかった。ただ、スペシャルウィークで念願のダービー制覇を生観戦して、武さんダービー獲れて良かったな~と心底祝福した。
サイレンススズカは凄く好きだった。今でも、中距離は史上最強を疑ってない。天皇賞の悲劇を思うと今でも胸が痛い。想像を絶する辛さがあったろう。この天皇賞をきっかけに、自分は心から武豊のファンになった。翌年のアドマイヤベガでダービー連覇した時も涙が出た。
怪我に気をつけて、まだまだ頑張ってほしいです。
名無しさん
えらいなぁ…。
泥酔なんてしょっちゅう。
ほぼ日常茶飯事、です。
名無しさん
1800や2000メートルならサイレンススズカが史上最強と思う、ディープインパクトでも敵わないのではと感じるくらい。
普通の逃げ馬なら、絡まれたりすると脆いのだが、サイレンススズカは違う。彼の普通のペースは、他馬にとってはとんでもないハイペース、絡めるものなら絡んでみろっていうぐらい。そしてバテないんだから、負ける要素は無い、怖いのは故障だけ。秋の天皇賞で1番怖い故障が現実となり、非常にショックだった。
武豊騎手の素晴らしい人柄は有名だよね。交友関係も芸能人の大物や、野球のイチローや山本昌など他のスポーツ選手とか幅広い。こんな騎手は他にはいない。
名無しさん
これだけの実績もあるし、トークも上手い。2015年朝日杯で1番人気騎乗でG1完全制覇なるかで結果2着でミルコに負けると、”空気の読めないイタリア人”ってインタビューで答えてて、ついつい笑ってしまった。余裕も感じる凄い人だなぁと感心させられました。
名無しさん
オグリキャップの有馬記念は、予備校の模試の帰りに友人と見ていました。
あの時考えられないようなマジックを私たちは掛けられ、未だそのマジックは解けていません。
私にとってはもはや神のような存在、理屈ではないのです。
名無しさん
勝ったのが、何度も怪我に苦しんだオフサイドトラップでタイムも遅いという部分にも
生き残る事の大事さを感じた
私は当時からステイゴールドの呪いと思っていましたが
次の年のセイウンスカイが暴れた時も
だから全てを世紀末に終わらせたテイエムオペラオーが1番偉い
夏海
久々にサイレンススズカの名前を聞きました。本当に残念でした。武さんにはメジロマックイーン降着の秋の天皇賞が記憶に残ってますが、本当に素晴らしい騎手です。馬券は買えなかったけど、winds後楽園にディープインパクトの凱旋門賞の応援に行った事もいい思い出です。是非悲願の凱旋門賞を勝ってください。応援してます
名無しさん
昔に比べて馬券の信頼度は落ちたが、インタビューの受け答えはハズレ無し。
いつも冗談を挟んでメディアに応える姿を後輩は見習って欲しい。
もし、武豊が引退したら競馬人気はどうなるのだろう、と思ってしまう。
名無しさん
ここ最近のG1レース
豊を買っていない。
だが豊が勝って馬券を外したい。
***です
もう、名言よな。
1番勝ちたいレースは次のレース。
名無しさん
サイレンススズカの血が残らなかったのが残念だね!
名無しさん
うちの母親(88歳)でも知ってた
武豊さんはほんとそれだけで凄い
存在ですね!
競馬を世に広めた功績は絶大です!